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【本】中島みどり / 白蓮華のように ―あなたに会えてよかった― (1)


「立ち読みをしていたら、ページを涙で濡らしてしまい、棚に戻せず買ってしまった」と、薦められた本。

それは汗だったのでは?

その疑いは最初の数ページでなくなりました。泣けます(Φ、ωΦ、)。

電車の中で、本気で涙をこらえたのは、リリー・フランキーの『東京タワー』以来。瞼にたまった液体の、重力に負けるか表面張力が勝つか、必死の闘いでした。

中島みどり / 白蓮華のように
40歳という若さで悪性リンパ(癌)で亡くなられた中島みどりさん。その闘病の記録と家族へのメッセージです。

先日七回忌を迎えた自分の母と姿が重なり、限りある尊い命をいかに大切にすべきか、教えられました。私の母も臨終直前に「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、、、」と合掌して往きましたが、中島さんも、子供時代に浄土真宗の寺の日曜学校に通っていたそうです。
いつでも、どんな時でも、「私が私であって よかったといえる あなたになれ」と呼びかけて下さる方があった。
その呼び声を聞くことが人間としていちばん大切な願いではないでしょうか
― みどり ―


苦しみや懺悔とともに、生きることへの感謝、喜びにあふれた中島さんの人生最後の手記は、是非とも多くの人に読んでもらいたいと思わずにおれません。

一言一言が、重く、深みがあるので全部書き留めたいところですが、そういう訳にもゆかず、一部、写させてもらいました。長くなるので何回かに分けます。


 お母さんの命も、いつまで続くのかわかりません。治る病気ではないので、そんなに長く生きていられるともいえません。お母さんの気持ちは、できるだけ生きてあなたたち二人の成長を見とどけたいと思うのですけど、このことばかりはどうすることもできませんね。でも、お母さんは負けませんよ、最後まで病気とたたかいます。つらいときはつらいように、苦しいときは苦しいように、自然にまかせ、お母さんも無理にがまんしないつもり。
 なつみ、ひろき、あなたたちも必ずお母さんのように病気になるときがあると思います。人間は[生]まれると同時に、[老][病][死]、この四大のくるしみからは、のがれることができないのです。
(3ページより)
夏美、洋生もあたり前のことをあたり前と片づけないで、もう少し深く考える人になってほしいと思います。人間はひとりでは決して何もできない、人の助けをかりないと一日も生きることはできないのだということを知ってほしいと思います。
(13ページより)
風邪一つひかず、元気そのもののお母さんでした。今の夏美や洋生のようによく風邪をひいていたら、病院に行けるお金も無いので、命がなくなっていたかもしれないね。やっぱりお母さんは仏さまに守られていたのですね。本当にありがたいことです。
(13ページより)
そして夏生、洋生も生まれてよかったといえる自分になって下さい。何のために、この世に生をうけたのか、必ず目的があってのことです。お母さんが思うには「私が私であってよかったといえる私」だといえることではないでしょうか。その私が私であってよかったといえる私は、お金持ちになったり、健康だからよかったといえるようになったとか、そんなことではないのです。自分の思いどおりになることが好きで、自分の思いどおりにならないことが嫌いという思いを持ち続けながら今まで生きてきたのですから、自分の思いどおりになったとき、よかったというのが普通だと思うのですが、しかし、それは自分の思いどおりになればいいといっていることですから、これはいつでも私たちが思っていることです。
 しかし、本当にそのとおりになるのでしょうか? 私が私であってよかったといえるようなことがずっと続いてゆくのでしょうか? お金がなくても病気をしてもいろんなことをするなかで、いつでも、どんなときでも、「私が私でよかったといえるあなたになれ」と呼びかけてくださる方があった。その呼び声を聞くということが、人間のいちばん大事な願いではないでしょうか。
(14ページより)
 夏生、洋生、「いのち」ってどんなものだろうね。生きているからいのちがある、いのちがあるから生きている。人間生きているってすばらしいことだよね。毎日なにげなく生きていると思うけど、本当はこの大自然皆様のおかげにより、生かされているのですよ。生きるということは自分ひとりの力ではとても生きられません。ひとりの力などなにもおよばないものばかりですね。多くの人々のおかげにより一つのことがなしとげられているのですね。そして、それを夏生、洋生もいただいているわけです。
 服、一つにしてもそうでしょう。服が目の前に、パッとあらわれることはありませんね。もちろんお店に入ってお金を出し買ってくるわけですけど、その服がお店に並ぶまでには、数多くの人々の手や苦労がついやされているということです。そこのところを忘れてはいけませんよ。ただ、目の前のことだけを見ていたのでは物の本質は見えないものです。
 夏生、洋生が日ごろ知っている人だけでなく、ぜんぜん見たこともない人たちにもお世話になっているのですよ。そう考えると、自分のまわりの人たちだけではなく、すべての人たちに感謝ですね。頭が上がりませんね。
 もう一つ例えをあげると、魚、肉などに対してです。夏生も洋生も大好きですよね。お母さんもたくさん食べ、たくさんのいのちをいただきました。スーパーなどにいって魚など買ってきます。もちろんお金も出しますね。お金を出して買ったのだから、そのお魚はもう焼いて食べようが、煮て食べようが勝手ですよね。
 でもね、よく考えてみて。お金を払うのはお魚をとって店に並べてくださった方々へのお金であって、お魚さんたちには一銭も支払うことはありませんね。ただでお魚のいのちをいただいているのですね。ありがたいことです。お肉もそうです。お米も野菜もいのちあるものがすべてそうです。一銭もお金などはらわずに、ただであたり前のごとく、そのいのちをいただいているのです。そして、そのいのちをいただいたことで、夏生、洋生も生かされているのですよ。そこのところをよくよく考えてみて下さい。
 私たち人間は、そういうものたちのいのちをいただいて生きているのですね。だから、生きているというよりも生かされているというべきでしょうね。だから、自分ひとりのいのちでは決してないのです。だから、大切に生きていかなくてはいけないのです。すこしでも、お返しができるように、社会のためにつくせる人になって下さい。感謝の気持ちを忘れず、自然にさからわずに自然に生きていってほしいと思います。
 お母さんも40年という年月は本当にあっという間でした。人生本当に夢のごとく早いものです。だから、一日一日を真剣に、一生懸命生きていってほしいのです。そして、その命が尽きたときこそお浄土に生まれてきて下さい。母は、いつもお浄土より見守っていますから。
(18ページより)
 私は、あなたに会えて本当に幸せでした。本当の意味での愛を知りました。家族の温かさも知りました。私はいろいろなことを、あなたから教えられました。あなたと出会って11年、決して長いとはいえない年月ですけど、私にとってはすべてでした。私の人生の中で一番幸せなときだったように思います。だから、あなたには何とお礼をいっていいのか、わからないほどです。
 私が病気になってからも、いつも心配をかけ本当にごめんね。私はあなたに何もお返しができなかった。最初から迷惑ばかりのかけどおしでね。あなたの人生をくるわせてしまったような気がして……
(25ページより)


最後の文章は「あなたに出会えて私は幸せでした」と題された、みどりさんの辞世の文として、第一章『白蓮華のように』で紹介されているものです。

私が、臨終直前の母と最後に交わした会話を思い出しました。
「お母さん、今まで育ててくれてありがとう。生んでくれてありがとう。親不孝ばかりでごめんなさい」と、日頃は恥ずかしくて言えない言葉が、「これが最後」と思ったら自然に言えたのです。
そのとき母から帰ってきた言葉が「そんなことはない。それよりお母さんこそごめん。何もしてやれなくて。これからいろいろしてやろうと思ったのに、こんなことになってしまって、、、」でした。

数日後、静かに息を引き取った母とのやり取りが鮮明に思い出され、胸にこみあげてくるものがあります。


そして本書は第2章『日記』へ。数か月分の闘病日記が掲載されていますが、ここから一気に涙腺を攻撃してきます。

生々しい「いのち」の叫びは、次回の投稿につづく。





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